2011年2月28日月曜日

ヤムイモの実が届きました





南タイに住む友人Jさんから、熟したヤムイモの種が届きました。




それにしても、彼は適期に収穫したものです。お見事!
箱の底には、はじけてこぼれ落ちた種が、いっぱい転がっていました。
私だったら、種はのがしてしまうところでした。




送られてきた箱を食卓において、一晩寝て、箱をのぞいたら、あらっ、一番大きな蔓が消えています。
「どうして?」




犯人はトラ猫でした。
夜中に、ヤムイモの蔓で散々遊んだと見えて、下には残骸が転がっていました。シクシク...。拾っていると、まだじゃれついてきます。

それでも、大きな被害がなかったのが、不幸中の幸いでした。




種は、こんなにたくさんありました。
まるで、オーガンジーでつくった造花のようです。




一セットです。蔓についている、濃くて小さいものは何でしょうか?




育ちきれなかった、実でしょうか?




日本の自然薯の実と比べてみました。大きさも色も違います。莢の開き方も違います。

南タイのクラビのヤムは、紫ヤムなのでしょうか?
右の方、三枚に見えるのは、まだ種の入っている莢です。





2011年2月26日土曜日

ペルーの豆





食品庫の掃除をしていたら、トウモロコシの額縁をつくったときに、額に入りきらなかった種を入れたビンが目に入りました。
「ペルーのお土産にも、豆があったなぁ」と、ビンをひっくり返してみてびっくり、灰色の粉がわっと出て、ビンの底にも、その粉が厚く溜まっていました。
トウモロコシが、小さな虫に食べられています。

見たところ、形は保っているのですが、軽い!




薄い皮一枚残っているだけで、中がすっかり食べられているものもありました。

知らずに放っておいたら、もっと食べられてしまうところでした。やれやれ。




さっそく掃除をして、まだまだ夜は冷えるので、しばらく外に放置して、夜の冷気で虫を殺します。




ペルーの豆の中には、ガーナの豆には入ってなかった、そら豆と、えんどう豆がありました。
そら豆とえんどう豆は、エチオピアの高地でも栽培されているのを見ましたから、どうやら温帯でなかったら、涼しい高地で育つようです。




左の金時豆のようなインゲン豆は世界中どこででも見かけますが、右のヒラマメは、日本ではほとんど見かけない豆です。




虫にやられなかったトウモロコシは、いつまでも色鮮やかです。




それにしても、「額縁の方は、大丈夫かしら?」




ガラスを外して、点検してみましたが、異常なしでした。





2011年2月25日金曜日

アフリカの豆、日本の豆



世界のマメ科植物は600属、13,000種にも及びます。
マメ科植物は、イネ科植物についで(同等の)、人類にとって有用な植物です。
植生は熱帯から亜寒帯まで、多雨林から沙漠まで、海浜から高山まで、痩せ地から肥沃な土地まで、ありとあらゆるところに広がっています。
また、一年生の草から多年生の高木までと、イネ科の比ではない多様性を見せているのが特徴です。

マメ科植物は、成長するとき、根粒菌と共生して痩せ地を豊かにします。そして、種を食すれば、高いタンパクが摂取できます。
マメ科植物がなかったら、人類の発展もまた、なかったことでしょう。




この豆は、もと同僚のOさんからいただいたもの、たぶんガーナのお土産だったかと思います。
ビニール袋に入っていたのを、大きさの合うビンをさがして詰め替えたものです。

ビンに詰めると、見ていて素敵ですが、引越しの時は、揺れて、ぐちゃぐちゃに混じってしまい、また入れ替えるのがたいへんでした。




大豆が二種類、緑豆とブラックビーンズ、ササゲが数種類、インゲン豆が数種類、そして赤銅色のひよこ豆が一種類入っています。

一般的なところでは、えんどう豆、そら豆、レンズ豆などが入っていません。




インゲン豆のなかには、アメリカ大陸のキドニービーンズ(インゲン豆の仲間)のような形をしたものもあります。

豆を見るのは楽しいので、自分でも少しずつ集めればいいのに、自分で買った豆は全部、どんな味かと食べてしまって、全然残っていません。




最近、Kさんから、昨年よくできたからと、インゲン豆の種をいただきました。
つらつらと見れば、美しいこと!
少し蒔くのを控えて、とっておきたいと思いました。





2011年2月24日木曜日

ジャケツイバラ無念


広葉樹が多いとはいえ、杉木立も多いので、冬の間は、道に陽がささない山の方へは、あまり足が向きません。
少し寒さも緩んできたので、向かってみました。

たけさんの家の前を通り、畑のわきのジャケツイバラに、実の一つでも残っているかと見ると、あらっ、落葉の季節とはいえ、なんだか様子が変です。




根元近くから、ぷっつり切られていました。
立ち止まって見ていたら、遠くからたけさんの声がします。

「どうしたぃ?、なに見てんだぃ?」
「きれいな花の木は、切っちゃったんだ?」
「あぁ、刺があっからな。しゃぁあんめよぉ」
「きれいだったのに...」
「また、出てくるからよぉ」




樫の木に絡まるように生えていたジャケツイバラには、昨年、初めて気がつきました。
それまでも大きく育ってはたけさんに切られ、また伸びて、切られての繰り返しだったのかもしれません。
まあ、また生えてくるとのことですから、楽しみにしていましょう。
こぼれ種から芽が出ていたら、我が家の片隅にいただいてきましょうか。

それにしてもジャケツイバラ、こんなに刺がなかったら、絶対に愛されたのに、なにゆえこんなに武装してしまったのでしょうか?


2011年2月23日水曜日

ストローの三角





どこで、誰が、なんのためにつくったものか、記憶の底を検索しましたが、何も現れません。
紐は古いリリアンのようなものでできていますが、その紐も決め手にはなりません。

ただ、三角錐の材料だけはわかります。使いふるしのストローです。
タイにはこんなストローがたくさんあったような、でも日本にもあったような...。




クリスマスのオーナメントにしては小さすぎます。
しっかりできていて、ちょっとやそっとでは潰れそうにありません。




もうずいぶん前から、お相撲消しゴムと一緒に暮らしています。


2011年2月22日火曜日

平ったい種



肩が痛くて、数日ダウンしてしまいました。石灰沈着性滑液包炎いう診断でした。右手でカメラのシャッターさえ押せないほどの痛さでした。

それでも、なんとか復帰できました。日頃の右手の使い過ぎが原因だったのでしょうか?
そういえば、一週間ほど前、乾燥で割れてきた梁を補強したあとの穴に埋木をするので、硬い木を何本もナイフで削ったとき、右腕、右肩が泣いているのを感じました。
それも一因だったのでしょうか?




熱帯はおろか、最近は隣の県までもめったに行かないので、さすがに拾ってきたもののたね(種とねた)が尽きていますが、まだ残っていました。
地味な、熱帯の種です。

我が家で実がはじけたものか、種だけ拾ってきたものかも、わかりません。
実にはどういう形で入っていたのでしょう?オオバマホガニーの実のような感じで、たくさん並んで入っていたのでしょうか?




薄くてかさかさしています。美しくもないので、粗末に扱われてきた、という訳でもありませんが、あちこち、欠けたりひび割れたりしています。


追伸

先ほど、歯を抜いてきました。あぁ~あ。一難さってまた一難。

なかなか、抜歯跡の血が止まらないので、つれずれにタイの植物図鑑を眺めていましたら、似た種を見つけました。不精しないで、さっさと見るべきでした。
Ailanthus triphysaです。オオバマホガニーのように、大きな実の中に詰まっている種ではなく、二つずつくっついてぶら下がっている種です。
Ailanthus triphysa
の種は、絵を見るとちょっとねじれているのが気になりますが、よく似ています。

Tomokiさん、ご存知でしたら、教えてください。



2011年2月19日土曜日

野鳥図鑑だぜ!





数週間前にAmazonに注文しておいた本が届きました。野鳥図鑑です。
あまりにも野鳥のことを知らないので、図鑑が欲しいと思いましたが、買うなら、あれしかありません。

というわけで、
猫に小判、
豚に真珠、
犬にダイヤモンド、
私に『A field guide to the Birds of Japan』、

と笑いたい人は笑え。
カラスと雀くらいしか知らない本人ですが、大満足です。




我が家の窓に突撃して命を落とし、その命を、おいしくいただいたトラツグミも、




何故か死んでいた、シロハラも載っています。
かくなる上は、なにかにつけて紐解いて、少しでも、我が家の周りで生きている鳥について、もっと知りたいと思っています。




ところで、この子はいったい誰でしょう?




2011年2月18日金曜日

大実椰子





一番欲しい種はと聞かれれば、きっとオオミヤシ(Lodoicea maldivica)と答えるでしょう。オオミヤシはフタゴヤシとも呼ばれ、セイシェルにしか生えていないヤシです。

オオミヤシの種を初めて見たのは、バンコクに住んでいた頃、友人A & Jさんの家でした。オオミヤシは世界で一番大きい種で大きいものは20キロにもなりますが、J & Aさんのは、私の手を二つ揃えて並べたくらいの大きさの、黒いお尻のような、艶めかしい種でした。

「これどうしたの?」と聞くと、「セイシェルに出張してもらったんだ」ということでした。私は、夫にセイシェルに出張してもらいたくてたまりませんでした。

次にオオミヤシを見たのは、1985年、つくばで科学万博が開催されたときでした。スリランカからの客人を案内して行ったら、セイシェルの展示の中にオオミヤシがあって、6万円で売っていました。

6万円は無理すれば払えない金額ではありません。セーシェルでは、オオミヤシの販売は国が管理しているそうですから、セイシェルまで行っても、拾えるとか、安く買えるとかというものではなさそうです。
でも、自分の生活を鑑みて、種に6万円払うのは、良心(?)が咎め、結局手にすることはありませんでした。

三、四年前でしたか、ネットでオオミヤシの種を販売しているのを見つけました。申し込みのメールを書きましたが、送信せず、下書きとして保存だけしておいたら、コンピュータが壊れたり、なんだかんだで、そのお店も見つからなくなりました。やっぱり6万円くらいしました。

昨年、友人のA & Jさんを南タイに訪ねたとき、家はすっきりと余計なものがなく、オオミヤシの実もありませんでした。
「オオミヤシの実はコペンハーゲンに置いてあるの?」と聞いてみました。
彼らはコペンハーゲンをベースにしていて、寒い冬の間だけ、南タイで暮らしています。

「あれっ。どうしたかな。最近見ないなあ。あげなかったっけ?」
「もらってない、もらってない」
「あいつにやったかな?」
Jさんは、すぐに携帯で、地球の裏側の友人を呼び出しました。便利な世の中になったものです。
でも、その友人は、J & Aさんの家で、その種は見たことがあるけれど、もらってはいないということでした。




そんなことなら、もらっておけばよかった。後の祭りでした。

オオミヤシは、はるばると、日本の浜にも流れ着いたことがあったそうです。


2011年2月17日木曜日

コゲラの仕事





季節によって、裏の桐の木で、コゲラが毎日忙しそうに仕事をしているときと、そうでない時があります。




遠くからも、たくさんの穴が見えますが、しげしげと見てみました。




まあ、古い穴も、新しい穴も、古いのを新しくした穴も、その仕事の丁寧なこと!





このところつつく音も、鳴き声もあまり聞こえませんが、どこでどうしているのでしょうか?





2011年2月15日火曜日

綿





綿の実です。
タイ中部のチャイヤプム県で栽培されていたものです。

1990年頃でしたか、タイ政府は新しい換金作物として、綿の栽培を奨励しました。最初の年はまあまあの収量と収入がもたらされたのですが、年ごとに収量が落ち、5年も植えていると、農薬代と化学肥料代の方が高くつくようになり、みんな脱落して、そのときの綿ブームは、失敗に終わりました。

私は、タイの農村で泊めていただくとき、いろんな農作業を手伝うのが好きでした。
男性が棒で突いて開けた穴に、女性たちがトウモロコシの種を落としていく仕事など、身体を二つに折っているので、汗が胸から顔へと流れ、目にも流れ込みましたが、それでもみんなで競争して種を置くのは、楽しいものでした。

でも、綿摘みだけは嫌いでした。
芽が出てから収穫までに、7回も殺虫剤をかけたというのに、実という実には、赤くて大きい虫が、3匹も4匹もついているし、なんだか手ざわりがねっとりして、あまり気持ちのいいものではありませんでした。

綿は、根には水分がたっぷりあり、雨の少ないところを好みます。インドのグジャラートとか、スーダンのゲジラとか、沙漠のようなところを灌漑したところでよく育ちます。しかし、そういう国家規模の灌漑地で換金作物を植えるということは、そこへ流す水を、本来流れていた地域から取るということであり、しかも綿は食料ではありませんので、人々の生活を圧迫し、食糧不足を招くということにもつながります。

「綿は自然素材だからいい」といっても、無闇矢鱈に消費すれば、誰かがしわ寄せを受けていることになってしまいます。




岡崎に住む友人からいただき、我が家で育てた三河木綿の茶綿と、チャイヤプムの綿と比べてみますと、(近年)品種改良された、チャイヤプムの綿の方が、ずいぶん大きいことがわかります。

品種改良が、高収量や木の矮性化を目指していることは知っていましたが、




玉が四つに割れる綿と、三つに割れる綿があることは、知りませんでした。

ちょっと見にくいのですが、綿の膨らみ具合からわかるように、チャイヤプムの綿は、外皮が四つに割れています。




それに比べて、三河木綿の外皮は三つに割れています。綿を取り除いてみたところです。




花が咲いて、綿の玉ができたとき、綿の入った部屋が三つあったのか、四つあったのかという違いがあったのでした。

綿はインド原産ですが、多湿の日本では育ちにくく、やっと栽培できるようになったのは17世紀のことでした。それまで、庶民は冬でも麻、苧麻、葛などの布しか着ていなかったのですから、冬の寒さはこたえたことでしょう。




綿の種をとる道具です。
これはカンボジアのものですが、日本の種とり器も、タイの種とり器もそっくりです。
織物の道具など、他の道具に比べて、綿の種とり器ほど、お互いによく似ているものをあまり見たことがありません。





この左のネジで、二本の棒を回しながら、右の丸棒のところに、種のついた綿をくぐらせます。すると、種が棒と棒の間を通れないで、手前に落ちるという仕掛けです。




一つの三河木綿の綿には、22個の種が入っていました。